宣教師夫婦との出会い | 泉屋の誕生トレードマークの意義 | 写真館年表

  「泉屋」の誕生 「泉屋」の誕生 「泉屋」の誕生

 大正12年、泉家は和歌山を離れ京都に移り住みました。
 京都でもクッキーを焼きつづけ、知人たちにおすそ分けするうちに、その味はまたたく間に評判となり、材料を持ってきて「焼いてください」と頼みに来る人が後を絶たなかったといいます。そのうち「売ってください」という人まで現れました。

 あまりの反響の大きさに、昭和2年、夫妻は家の前に「泉屋」の看板を掲げることにしました。商売をするつもりはなく、実費だけをもらって代わりに焼いてあげるだけというものでした。

「泉屋」の誕生

シンボルマークに受け継がれる思い シンボルマークに受け継がれる思い シンボルマークに受け継がれる思い シンボルマークに受け継がれる思い
シンボルマークに受け継がれる思い

 「このクッキー、浮輪に似ているね。」
――あるとき、「リングターツ」を見た子供の何気ないひと言から、シンボルマークの浮輪は誕生しました。
 昭和11年に夫、伊助を亡くし、母と子供たちだけで、これからの人生を乗り切らねばならないという苦難に直面することになった一家にとって、どんな荒波に遭っても沈むことのない「浮輪」は、まさに心強いシンボルだったことでしょう。

シンボルマークに受け継がれる思い
シンボルマークに受け継がれる思い

 また「浮輪」は「人の和(輪)」をも表し、母である自分と3人の息子を表す4色の飾りをのせることで、どのような困難にあっても“人の輪”で乗り切って行こうという思いを表すものでもありました。
 しかし「浮輪」に込められた思いはそれだけではありせん。
 もともとクリスチャンだった園子は、クッキーを焼くことは社会奉仕のひとつだと考えていました。
 「浮輪」が人命を救うように、クッキーを通して社会の役に立ちたい……園子のそんな理念がこの「浮輪」のマークには込められているのです。

 園子が愛したこのリングターツは泉屋の象徴でもあり、また今も泉屋のいちばん人気であり続けています。

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